海外の凄いひとたちの歴史・・・その9
★アルフレッド・P・スローン
ちょっと意地になったデュポンは、シボレー事業部長を辞めさせて、自ら部長を兼務してまで、この銅冷エンジン車の製作にこだわりましたが、結局は失敗に終わったそうです。
それは全部で759台生産されましたが、このうち239台はスクラップ化され、市場に出た100台も「欠陥車」として全部回収されました。
これでもおさまらなかったシボレーの連中は、この欠陥車をエリー湖の湖中深く沈めてうさを晴らしました。
開発の責任者ケッタリングは辞任を申し出たが、スローンはこれを押しとどめ、むしろ新設のGM開発会社の社長に任命しました。
スローンは、もしケッタリングが辞めれば、銅冷車の失敗を認めることになり、デュポンにもキズがつくことを心配したのです。
他方デュポンも、熱が冷めてみればもう自分の出る幕でないことを知り、これをしおに社長の地位をスローンに譲ったのです。